わたしの働いてたデリヘルが潰れてた(後編)

前編:デリヘルの応募に至るまでと、面接や講習、給与システムの話の続き

風俗の仕事は、お客さんにつかない間は待機時間が発生する。そのデリヘルは、「集団待機」と呼ばれる女の子同士が顔を合わせる待機方式をとっていて、暇な女の子は事務所に併設された6畳ほどの部屋で過ごすことになっていた。部屋にはテレビとソファ、あとは仮眠用の2段ベッドがあった。

待機中はいろんな女の子と会った。バツイチ子持ち、整形顔、ホスト狂い、窃盗癖。中には同じ店で働いている姉妹もいて驚いた。妹はギャルで、姉は姫系。姉のほうは昼中心で出ていたからけっこう話した。けれど、もちろん連絡先なんて交換しないし、本名を聞かれることもない。ただ昼ドラを見ながら雑談するだけのライトな仲。

ドライバーとも仲良くなった。ここでも一応説明しとくと、そもそもデリヘルとは「デリバリーヘルス」の略で、わたしたちデリヘル嬢はホテルや自宅に派遣される商品だ。おのずと現地施設まで運んでくれるドライバーが必要となる。

ドライバーの一人は失業してこの世界に来たという妻子持ちの元サラリーマンで、もう一人は売れない彫り師。お昼はサラリーマンが送迎してくれることが多く、たまになぜかパンをくれた。こういう普通の人が一人でもいるといいなと思った。なんだか一般社会との接点があるように感じられた。

事務所で電話番やウェブの更新をしている40歳くらいの雇われ店長も、もともとは昼に働いていたと言っていた。企業名こそ忘れたけれど、わたしが知っていたくらいなので大手だったのではないか。休みがなさすぎて嫌になって辞めたと言っていたが、デリヘルのほうも十分忙しそうで、いつ出勤しても彼がいた。というより、事務所スタッフは彼しかいなかった。「もう3ヶ月も休んでないけど前職よりは全然マシだし、金が貯まってしょうがないよ」と、いつも不健康そうな顔で笑っていた。

思い返しても、総じていい店だったと思う。何よりわたしたちは店から大事にされていた。わたしはあまりやる気のあるタイプの嬢ではなくて、1日に2万5000円も持って帰れたら十分御の字だったけれど、お店のほうもそれをわかってくれていて「調子どう?次でやめとく?」なんてこまめに気遣ってくれていた。

それは心からの優しさというよりは、女の子がキツくなって辞めることを防ぐための商品管理だったのだと思う。それでも、大事な商品である以上、わたしたちはちゃんと優しくしてもらうことができたのだ。

わたしはいい商品であれるように努めた。可愛い服を着て、よく笑った。指名が増えても謙虚を貫き、スタッフへの茶目っ気すら怠らなかった。

そうこうするうち、彫り師に飲みに誘われ、好きだと言われた。「わたしのような女の子がデリの仕事をしているのを見るのがつらい」というようなことを言っていた。

バカじゃないのかしらと思った。いったいこの人はわたしの何を知って、そんなことを言うのだろう?わたしはわたしが嫌いだったから、わたしのことを好きな人も嫌いだった。お手軽なセックスの相手にされる前に逃げようと思った。

帰り際、彫り師に「こんな仕事早く辞めたほうがいいよ」と言われたけれど、家に着いてから「今日のことはお店の人には言わないでね」といった内容のメールが届いて笑った。風俗業界ではスタッフと女の子の恋愛はご法度で、スタッフには多額の罰金が課せられる場合もある。

バカバカしくなってしばらくお休みをもらったけれど、2ヶ月ほどで出戻った。そのときのわたしはホームレス状態だったので、早急に家を借りる必要があった。店長に保証人になってもらおうと思って、家賃の1ヶ月分を彼に渡した。「わたしが突然いなくなっても迷惑はかからないようにしたいので」とかなんとか言って。

お金を渡したのは、無論、彼のためなんかではなく自分自身のためだった。関係性も良好、しかもそこそこ稼げる女の子がまた働いてくれるかどうかの瀬戸際で、そんな子に5、6万も渡されながらお願いされたら、彼の立場でそれを断れるわけがないことをわかった上での振る舞いだった。

そして店長に伝えた言葉は現実になる。つまりわたしは、足掛け10ヶ月お世話になったデリへルを、最終的にほぼバックレる形で辞めたのだ。

厳密には匂わせくらいはしたし、そしてそれは、店長には十分伝わっていたと思う。家のことはちゃんとしたし、お金は最初から返してもらうつもりはなかった。最後の出勤となる日に何か優しい言葉をかけてもらったような気もするが、それは単なるわたしの記憶違いかもしれない。

何百人単位で見てきたはずの客の裸やチンコのことは、綺麗さっぱり忘れてしまった。それはトラウマなどという可愛いものではまったくなくて、単に、彼らがお金にしか見えていなかったから。お金を一枚一枚識別できる人が、いったいどこにいるだろう?

退店後にもトラブルは何も起きなかった。風俗業界で突然女の子がいなくなるのは日常茶飯事なのだった。ただ、辞めてから3年くらいの間、店の公式サイトにわたしの写真が残っていたのには苦笑いしたけれど。

手のひらで目元を隠しながら下着姿で微笑むまゆみちゃんは、いつまで経っても、まだ何も知らない21歳のままだった。

 

つい先日、そういえばあの店はどうなったんだろうと思って検索してみると、跡形もなく消えていた。店長やドライバーたちは、今どこで何をしているだろう。女の子たちは幸せに暮らしているだろうか。それとも、今もデリへルやらソープやらで働いているだろうか。

わからないし、わかるすべもない。日記もなくした。そのことを悲しくも思わない。ただ「ああ、なくなったんだな」とだけ思った。

それだけの話。

 



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